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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)1181号 判決

控訴人 申請人 和田康子

訴訟代理人 中口卯吉

被控訴人 被申請人 大内真臣

訴訟代理人 田口正平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、尼崎市神田中通二丁目五十八番地一、木造スレート葺平家建遊技場用建物一戸(建坪間口約二間半奥行約七間)について被申請人の占有を解いて申請人の委任する執行吏の保管に移す。執行吏は被申請人の申出あるときは現状を変更しない条件の下に被申請人をして右建物を使用せしめることが出来る、との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

控訴代理人は本件仮処分申請の理由として

控訴人は昭和二十八年三月十日訴外西尾五郎外一名を連帯債務者とし、右両名に対し、訴外詠田賀三の連帯保証の下に、金四十万円を利息年一割、返済期日同年十二月五日、利息支払期毎月十日の定めで貸与し、それについて、疏甲第一号証の公正証書を作成した、そして右貸借に関し債務者たる訴外西尾五郎は勿論保証人詠田賀三も承認の上、右債務の弁済を担保するため、前記建物の賃借権等を信託的に控訴人に譲渡し、当事者間に其引渡を了し、控訴人から之を債務者等に使用せしめていた、ところが前記訴外西尾五郎は、昭和二十八年九月中頃単独で控訴人に断りなく被控訴人に対し右信託譲渡の目的となつている前記建物の賃借権等を高価に売飛して逃亡し行方不明となつた、そこで、考えるに、そもそも本件建物の所有者は尼崎信用金庫であり、それを前記西尾五郎と保証人詠田賀三とが共同賃借していたのであるからその賃借権を西尾五郎が単独で処分することは出来ない筈であり、また右建物の賃借権は前記のような事情の下に既に控訴人に信託譲渡せられており、譲渡人から所有者に其旨の通知もなされていたのであるから、被控訴人としては適法に右建物の賃借権を取得したものとはいいえない、にも拘らず被控訴人は適法に之を取得したもののように装い右建物に入込み現に之を使用営業しつつあつてしかも今にも其占有を善意の第三者に更に譲渡するというような虞があるから、かかる事態の発生を予防し控訴人の権利保全を求めるため本件仮処分の申請に及ぶと述べ、

被控訴代理人は答弁として

尼崎市神田中通二丁目五十八番地上木造スレート葺平家建一棟(建坪三十八坪五合)の本件建物はもと訴外西尾五郎が右建物の所有者尼崎信用金庫から借受けていたものであるところ、昭和二十八年九月十四日、被控訴人は右西尾五郎から、其建物の賃借権を其内部に所在したパチンコ遊技機の所有権その他と共に代金百三十万円にて譲受け、家主たる尼崎信用金庫の承諾を得てその家屋の賃借人となつた。従つて仮に控訴人と訴外西尾五郎との間に控訴人主張のような事情があつたとしても、それは被控訴人の右賃借権に対し何ら影響を及ぼすものではない、のみならず、被控訴人としては控訴人の主張事実を全部争うと述べた。

疏明方法として、控訴人は疏甲第一乃至第四号を提出し、原審に於ける在廷証人詠田賀三、長谷川照子、和田耕治の各尋問の結果を援用し疏乙各号の成立を認め、同第二乃至四号を利益に援用し被控訴人は疏乙第一乃至第六号を提出し、原審に於ける在廷証人 川健太郎、中西金治、金井義一、山木正志並被申請人(被控訴人)本人の各尋問の結果を援用し、疏甲第一号の成立を認め同第二、三、四号を不知と答えた。

理由

本件仮処分申請の対象となつている建物について、控訴人は尼崎市神田中通二丁目五十八番地上木造スレート葺平家建遊技場用建物一戸(建坪間口約二間半奥行約七間)といい、被控訴人は、同所所在の木造スレート葺平家建一棟(建坪三十八坪五合)といい、その建坪に齟齬する点があるが 同一物件を指すものであること、並にその建物の所有者が訴外尼崎信用金庫であることは当事者間に争がない。

そして、控訴人は右建物を訴外西尾五郎と詠田賀三とが共同賃借していたというが、此点に関する原審証人詠田賀三、和田耕治の各証言は措信し難く、寧ろ原審証人中西金治、山木正志並に原審に於ける被申請人(被控訴人)本人の各尋問の結果及び成立に争のない疏乙第一乃至第五号によると、訴外西尾五郎が単独で右建物を借受けており、之を他の諸権利と共に昭和二十八年九月十四日金百三十万円の対価で、被控訴人に譲渡したものと認めるのを相当とする。

しかるところ、控訴人は、訴外西尾五郎外一名から、本件建物に対する賃借権を債権の担保として、信託的に譲受けたと主張するに止まり、その譲受けについて賃貸人たる尼崎信用金庫の承諾を得たことに付ては、何等主張も疏明もしないのであるから、到底控訴人において本件建物に対する賃借権を取得したものと認めることはできない、蓋し、賃借権は個人的信頼関係に基く権利であつて、当然には移転性がなく、唯賃貸人の承諾があるときには、その譲渡が認められるのであつて、賃借権そのものを現実譲渡する契約、即ち賃借権譲渡の準物権契約は、賃貸人の承諾のない限りその効力を生じないものと言わねばならぬ、そのことは賃借権の性質及民法第六百十二条第一項の「賃借人ハ賃貸人の承諾アルニ非サレハ其権利を譲渡シ又ハ賃借物ヲ転貸スルコトヲ得ス」とある文理解釈から来る当然の結論であるからである。(昭和一〇年(オ)第二二五二号大審院判決参照)他面、被控訴人は、前記西尾五郎から、本件建物に対する賃借権を、その他の権利と共に代金百三十万円で譲受け、その賃借権譲受けに付ては、賃貸人たる尼崎信用金庫の承諾を得、次で同金庫との間に直接賃貸借契約を締結するに至つたことは、疏乙第五号、並に前示証人中西、山木の各証言及被控訴本人の供述によつて明かなところである。

さすれば、たとい、控訴人が主張するような事情があるとしても控訴人は、仮処分によつて保全せられるべき基本の権利を有するものとは認められず、本件仮処分の申請は棄却すべきであるから要するに原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松村寿伝夫 判事 藤田弥太郎 判事 小泉敏次)

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